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「カカシの野郎がイタチの瞳術にやられてダウンしちまった。」 アスマ先生の言葉に俺は目を見開いて相手を凝視した。 「あの、それでカカシ先生は、」 「命に問題はねぇが、ずっと眠っちまったままだ。このくそ忙しい時に、目が覚めたら酒の一杯でもおごってもらわねぇと割に合わねえぜ。ただな、イルカよ。」 「はい?」 「カカシには、もう関わるな。」 ドクン、と心臓が跳ねた。関わるなって、それではまるで俺の恋情がアスマ先生に分かっているみたいじゃないか。 「カカシがお前のことを好いてるってのは随分と前から知ってる。」 カカシ先生が俺の事を好き?そんなわけがない、もし好きだと言ってもそれは親愛の気持ちであって、恋愛感情じゃない。 「何、言ってるんですか。カカシ先生と俺はいい友達なんですよ?」 「お前がそう思ってるのも知ってる。最近カカシの野郎にえらく懐いていたからな。けど、カカシはそうは思っちゃいねえんだよ。今回イタチにやられた術ってのが精神攻撃の類でな、カカシは最近特に心に負担かかえてやがった。いつ爆発してもおかしくなかった。ここにきて相性の悪い敵とやりあっちまって、いつものあいつだったら、相手が写輪眼の正当な後継者であるうちは一族の瞳術を食らったとしてもここまで、昏睡状態になるまでダメージは受けなかったろう。」 それはつまり、俺が原因だって言うのか?だって、俺は、俺はあの時恋愛感情でカカシ先生が好きだと告げたのに、カカシ先生はそれを拒否したのに、どうして今更俺が原因で心的疲労でダメージが大きくなったなんてことになってるんですか? 「一つ、教えて下さい。随分と前って、一体カカシ先生はいつから俺が好きだったって言うんですか?」 見上げたアスマ先生は、後頭をガシガシと掻いて、それこそ重大な任務で二択を迫られたかのような、ものすごく困ったような顔をして言った。 「お前が下忍になる前からだよ、たぶんな。」 なっ、まさか、そんな昔から?だって俺と出会ったのはつい最近じゃないか。そんな昔からなんて、そんなのありえない。 「今のお前が驚くのは無理ねえだろうが、それが事実だ。イルカ、お前だって面倒事は抱えたくねえだろう?悪いことは言わねぇ、カカシにはもう関わるな。カカシも、慕っているお前もどちらも苦しむだけだ。」 アスマ先生の言葉に俺は顔を俯けてしまった。受け取ったばかりの任務報告書の文面は最早頭の中に入ってこない。 「分かりました。もう、カカシ先生とは、会いません。」 「すまねえな、カカシの野郎がまぬけなもんだからとばっちり食っちまって。」 「いえ、とばっちりなんて、俺の方こそよくしていただいたのに、何のお返しもできなくて。カカシ先生、早く良くなるといいですね。」 俺はなんでもないことのように努めて感情を内に押し込めた。 それからの日々は何をしていても味気なくて、みんなが必死になって里の復興のために躍起になっていると言うのに、自分一人だけが置いてけぼりをくったかのように覇気のない日常を送った。 「あら、イルカ。珍しいわね。」 声をかけられて顔をそちらに向けると紅先生が立っていた。服が少し薄汚れていた。 「はい、たまには甘いものでも食べて一息吐こうかと。紅先生も任務帰りですか?」 「ええ。まったく、人手不足だからってこき使いすぎよ。私もご一緒していいかしら?」 俺はどうぞ、と言って自分の隣の席をすすめた。紅先生はありがと、と言ってするりと座った。一つ一つの動作がなんだか雅なんだよなあ、紅先生って。 「そう言えば紅先生と任務をご一緒したこともありましたね。」 茶をすすりながら言うと、紅先生は懐かしそうにそんなこともあったわねえ、とぜんざいをすくったさじを口に運ぶ。 「実はあの時、俺の初のAランク任務だったんですよ。でもあんなアクシデントが起きて、折角のAランク任務を途中で放棄しなけりゃならなくなるのかと冷や冷やしてたんですが、無事にやり遂げられてよかったですよ。」 俺が言うとそうだったわねえ、と紅先生が頷いた。 「あそこであなたの友達って言う暗部が来なければ、きっとみんな死んでいたわね。今から思えば、かなり無謀な任務だったわ。」 「暗部?友達?俺、暗部に友達なんていないですよ?」 紅先生の言葉に俺は何を言われているのかまったく分からずに首を傾げた。 「イルカ、覚えてないの?だって手当だってしてもらったじゃない。私が手当してたらあの暗部が横から割ってきて。」 「暗部が俺に手当?やっぱりおかしいですよ。なんだって暗部が俺みたいな平凡な中忍風情の手当なんかするんです?」 「イルカ、あんた本当に覚えてないの?それとも忘れたふりしてるの?だってあんなに仲良さそうにしてたじゃないの。」 俺は訳が分からなくなってきた。が、ふと思い当たることが頭に浮かんだ。 「あー、そう言えば今年の春頃だったかな、俺、どうやら自己暗示で記憶がどこかぶっ飛んでるらしいんですよ。特に仕事に支障もないから気にしてなかったんですが、その時のことも忘れちゃったのかもしれませんねえ。」 なんでもないことのように言うと、紅先生は納得のいかない顔をしていた。 「本当に覚えてないの?イルカ、その暗部を足蹴にして説教してたのよ?」 えええっ!!中忍の俺が暗部に説教?ありえねぇ。でも紅先生が嘘を吐いているとも思えないし、となると説教、したんだろうなあ。そんな恐ろしいこと、忘れて良かったよ。 「あの、紅先生、その時のこと詳しく聞いてもいいですか?確か護衛任務でしたよね?忍びに命を狙われているからと言うことで中忍4名での。でもそれは相手の陽動作戦で、本当の狙いは護衛した人物が所持していたものだった。そうですよね?」 「ええ、そうよ。敵は中忍クラス10名+上忍クラス1名で攻めてきて、イルカ、あんたは上忍と対峙して怪我を負ったの。でもそこに暗部が現れて、敵の上忍が荷物を奪って逃走したんだけど、暗部はあんたの怪我の治療をしようとして上忍を追わなかった。」 なんて馬鹿な暗部だ、考えられない。 「イルカはその時、手当はいいからさっさと敵を追えってすごい剣幕で、暗部はイルカに足蹴にされて、渋々って感じで相手を追っていった。そして無事、荷物を取り返してきて、私たちもなんとか敵を倒すことができた。それで私が手当をしていたら横から暗部が包帯を取ってイルカの手当は自分がするって。ほんと、一緒にいた班の人たちも呆然としてたわ。私はおもしろかったけどね。暗部を足蹴にしたり手当させたり、普通の中忍にそんなこと許すような暗部がどこにいるのかってね。」 紅はそう言ってくすりと笑った。よほど楽しい光景だっのだろう。聞いていた俺としては冷や汗ものだったが。 「俺、その暗部になんて言って足蹴にしてたんですか?」 紅先生はなんだったかな?と少し考えている。確かにもう数年前の任務のことだ。細かい所までは覚えていないだろう。 「ええと、ふざけるなとか、さっさと行けとか、俺が信用できないのか、とか、そんなことを言っていた気がするけれど、ごめんなさい、うろ覚えだわ。」 申し訳なさそうに言う紅先生に俺はいえいえ、と笑って答えた。 そうか、そんなこと言ってたのか。 「えーと、それから死んだりしないから、とか大丈夫だから、とか自分のことを心配させないようなことを言っていた気もするわね。」 ドクンと、心臓が跳ねた。 「暗部に向かって心配するなだなんて、何を思い上がったことを口走ってたんですかね、俺は。」 俺は乾いた笑みを浮かべた。 「う゛、ぐうぅぅ、」 俺は呻いた。頭を押さえてその場にうずくまってしまう。腕が、腕が痛い。肉をはぎ取られるようなきつい痛みだ。拷問にかかったような、気を失ってしまった方がまだましだと思える程の頭痛と腕の痛み。 「イルカっ、どうしたの?頭が痛いの?」 頭、痛い、でも、腕の痛みの方が酷い。 「腕、が、頭が、」 「イルカっ!少し待ってて、すぐに病院に向かうわっ。」 紅先生はらちがあかないと思ったのか、俺を抱え上げた。上忍ともなれば俺一人を抱えられるくらい、なんでもないことなのだろう。女の人に抱え上げられるなんて、俺、男としてどうなんだ、と関係のないことが頭に浮かんだ。 「あれ?紅先生、なんで俺を担いでるんですか?」 紅先生はあっけらかんとして俺を見て、それからなんともないの?と心配そうな顔をしてきた。 「えっと、なんともないですよ?あ、すみませんが降ろしてもらえますか?」 紅先生はゆっくりと俺を地面に降ろした。 「本当にもう大丈夫なの?話している途中であんなに苦しむなんて、何か尋常じゃなかったわよ。」 「苦しんでました?俺が?」 「覚えてないの?中忍時代の初めてのAランク任務の時のことを話してたのよ。イルカと私が一緒にした任務で。」 まったく覚えていない。そんなこと話してたんだっけ?紅先生とお茶を飲んでたったのは分かるんだけどなあ。 「すみません、ちょっと覚えてないですね。はは、疲れてるのかな。」 紅先生はそんな俺の様子をいぶかしそうに見ている。 「イルカ、あんたまさか、」 紅先生はそれっきり黙ってしまうと、何かを考え込んでしまった。そして首を横に振って大きくため息を吐いた。 「私にはどうにも分からないわ。もっと医療忍術学んでおけばよかった。とにかくイルカ、あの症状は普通じゃないわよ。一度病院で診て貰ってきなさい。」 そんな大袈裟な、と言ったらものすごい目で睨まれた。まあ、心配かけてしまったみたいだし、時間があれば診て貰おう。 |